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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)195号 判決

大阪府八尾市若林町三丁目126番地の1 A-107号

原告

レイテック株式会社

代表者代表取締役

飯岡孝之

訴訟代理人弁理士

千葉茂雄

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

山崎裕造

山本哲也

土屋良弘

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第9381号事件について、平成5年8月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年5月31日、別添審決書写し別紙第一記載の意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠に係る物品を「ゴム手袋」(以下「本件物品」という。)とする意匠登録出願をした(昭和60年意匠登録願第23140号)が、平成元年3月31日に拒絶査定がされたので、同年5月22日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第9381号事件として審理したうえ、平成5年8月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月30日に原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、昭和40年9月21日発行の意匠登録第250853号公報に掲載された写真版及び登録原簿の内容において示された別添審決書写し別紙第二記載の意匠(以下「引用意匠」という。)を引用し、本願意匠は、引用意匠に類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願意匠と引用意匠に係る物品が一致することは認める。

両意匠の共通点の認定(審決書2頁18行~3頁12行)は、「薄手の」との認定(同3頁1行)、親指部を除く4本の指部についての「前方(掌側、引用の意匠においては裏面図側)に湾曲させ」(同3頁7~8行)との認定を否認し、その余は認める。下端側の全腕のカバー部についての「手首の僅かに下方迄を覆う極めて短いものとし」との認定(同3頁4~5行)は、被告の釈明を前提として認める。

差異点の認定(同3頁13行~4頁1行)は、「湾曲の程度」の認定を否認し、その余は認める。

差異点の検討の前提とされた事項の認定(同4頁2~16行)は認める。差異点(1)~(3)についての検討、両意匠の全体としての比較観察の部分及び結論の部分(同4頁17行以下)は争う。

審決は、引用意匠の親指部を除く4本の各指部(以下「四指部」という。)の湾曲が現実にはないに等しい状態であるにもかかわらず、両意匠は四指部を前方に湾曲させる構成態様が共通すると誤認し、その湾曲の程度を特定しないで差異点を認定した(取消事由1)ため、差異点についての評価を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(共通点及び差異点の誤認)

(1)  審決は、本願意匠と引用意匠との共通点として、「各指部に関し、親指部を除く4本の指部については、・・・前方(掌側、引用の意匠においては裏面図側)に湾曲させ・・・た構成態様が共通している。」(審決書3頁5~12行)と認定し、これを前提に、両意匠の差異点(2)として、本願意匠が引用意匠に比較して、「親指部を除く4本の指部に関し、前方に向けての湾曲における屈曲の程度が大きく、各指部相互の開き角度を広げた点」(同3頁16~18行)を挙げ、差異点(3)として、「引用の意匠は親指部を除く4本の指の付け根部近傍に関し、略平坦であるのに対して、本願の意匠は横方向前面掌側に湾曲している点」(同3頁18行~4頁1行)を認定している。

しかし、両意匠の湾曲の程度の差異は、引用意匠の四指部が、どの程度湾曲しているか、その湾曲の程度が特定されて、初めて論じられる事柄である。

しかるに、審決は、この点を特定せずに上記のとおり認定したものであるから、それだけで既に、結論に影響のある誤りがあるといわなければならない。

(2)  本願意匠は、外力を作用させず、また、手袋成形用型材に装着させず、カバー部を下に向けて立てて展示されるゴム手袋の外観として図示されているが、これを水平に置くなどの載置方法の如何にかかわらず、楕円断面形状と湾曲形状を維持するものである。これに対して、引用意匠は、水平に載置され押しつぶされた形態として示されているが、その四指部は掌側にほとんど湾曲していない平板な断面のものであり、引用意匠は全体として平面的なものである。

被告は、引用意匠が載置方法如何によって形態が変わる旨を主張するが、載置方法如何によってどのような形態を示すものであるかにつき、何ら明示していない。引用意匠を特定するものは表面図と裏面図のみであり、その四指部の湾曲の程度が図面自体から自明であるとすることはできない以上、四指部の湾曲の程度における両意匠の差異を論ずるのであるならば、被告は、まず、引用意匠の四指部の湾曲の程度を図示し、かつ、そのように図示しうる合理的根拠を示す必要があるというべきである。

以上のとおり、引用意匠の四指部がどの程度湾曲しているかにつき特定しない審決の共通点及び差異点(2)、(3)の認定は誤りである。

2  取消事由2(差異点の評価の誤り)

審決は、差異点(2)、(3)につき、「(2)の差異点に関しては、引用意匠の各指部も掌側に向け僅かに湾曲し、各指部相互は開いているのに変わりはなく、単に人の指のそれぞれの関節がもともと有する自明的屈曲又は伸長方向における極く僅かな角度の差異、またはそれを滑らかな曲面によりつなげたことに起因する僅かな曲率の差異にすぎず、(3)の差異点に関しては、前記のように、指の力を抜くことにより甲部が横方向掌側に湾曲する人の手の属性に整合する極く僅かの曲率の差異にすぎない。」(同5頁3~12行)として、本願意匠を引用意匠に類似しないと評価しうる程度の差異とは認められないと判断したが、誤りである。

(1)  審決の理由は、上記のとおり、その前提となる引用意匠の掌側への湾曲の程度についての認定を欠如するものであるから、成立しない。

(2)  引用意匠は、殆ど掌側に湾曲しておらず、仮に湾曲しているとしても、それは、公知意匠(乙第12号証の1・登録第162442号の類似第3号意匠の意匠公報、乙第13号証・登録第239980号の意匠公報、乙第14号証・登録第93908号の意匠公報)と同じように、掌側に若干湾曲している程度のものであり、しかも、その湾曲の程度は四指部とも略同じになっている。すなわち、公知意匠の四指部は、人為的あるいは意識的に指先を真っ直ぐに揃えた観を呈しており、そこからは、自然の安らぎ、柔和、温和といった優しい印象は感じとれない。

これに対し、本願意匠においては、人指指部から小指部に行くにつれて曲率半径が小さく、特に小指部は、曲率半径が小さく大きく湾曲している。これは、人が休息するときの指の自然の状態と同じであり、このため、本願意匠は、自然の安らぎ、柔和、温和といった、優しい印象を与えるものとなっている。

(3)  本願意匠が休息時の人の手の自然の状態に近似するとしても、そのことは、本願意匠の登録出願を拒絶する理由にはならない。

人の手に似せて手袋の意匠を形成するとしても、どのような状態の手に似せるべきか、そもそも人の手の自然態に似せて手袋の意匠を形成すべきか、といった事柄自体、意匠考案の重要な要素となりうる事項であるのに、本願出願前、当業者はこれらの点につきほとんど無関心であったのであり、現に、人の手の自然態に似せた手袋が周知であったという事実もないからである。

(4)  審決が、本願意匠と引用意匠との各差異点の有する視覚的訴求力が弱いと判断したのは、上述したところを看過したため、各差異点によって生ずる上記印象の相違に気付かず、これら差異点を、湾曲や細さの程度の単なる程度の差にすぎないと見た結果の誤りであることは、明らかといわなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

審決が本願意匠と引用意匠との共通点として「薄手」のものと認定したのは、両意匠に係る手袋が、例えば土木作業用のもののように、高い強度が求められるため、水平に載置しても前腕のカバー部さえ変形しない程度の厚みを有する「厚手」のものではないとの意味である。

すなわち、実施物を写真撮影により表現したものにより意匠の構成態様を認定する場合、「厚手」のものは、一般的に、その載置状態による一時的変形を考慮する必要はないが、「薄手」のものは、形式的表現態様と意匠本来の構成態様との間に齟齬が生じ、意匠本来の構成態様を認定するため、その載置状態による一時的変形を考慮する必要が生ずる場合があるとともに、厚みに顕著な差異がある場合は、類否判断に影響が生ずることも想定されるためである。

また、審決が本願意匠と引用意匠との共通点として、前腕のカバー部は、「手首の僅かに下方迄を覆う極めて短いもの」としたのは、例えば当初の拒絶理由で引用された意願昭36-17331号(甲第3号証)の意匠に見られるように極めて長いものではないとの意味である。

1  取消事由1について

本願意匠と引用意匠の構成について、審決は、その共通点、差異点を介して具体的に明確に認定している。

意匠が異なった表現形式で示されている場合、意匠を対比するには、その実体的内容を、比較可能なものとして、まず認定しなければならない。

引用意匠を示す登録第250853号意匠の意匠公報掲載の写真(甲第8号証)及び同意匠の願書添付書面の図面代用写真である掌側及び甲部側からの写真(乙第1号証)につき、被写体の材質、撮影時の載置状態、証明等の撮影条件を考慮し、その写真に表された態様、特に明暗調子を合理的に解釈するならば、掌側からのもの及び甲部側からのもののいずれも、主要光源は左前方から照射されていることは明白であり、これを前提にその明暗調子等をみれば、引用意匠の四指部が掌側に湾曲していることを明確に認識することができる。そして、引用意匠の四指部が極くわずかとはいえない程度の湾曲を有するということは、このことから容易に推測することができる。

審決は、本願意匠と引例意匠の差異点(2)、(3)として、四指部の湾曲の差異を取り上げているのであり、本願意匠は引用意匠と比較し、相対的に大きいことを認めている。

したがって、審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、本願意匠においては、人指指部から小指部に行くにつれて曲率半径が小さく、特に小指部は、曲率半径が小さくなっていると主張する。

しかしながら、本願意匠と引用意匠との差異点の評価に関しては、特に曲率半径の異同について論ずるまでもなく、視覚効果上の湾曲状態の差異を評価すれば足りるものであるところ、本願意匠について左側面図と右側面図とを比較すると、湾曲の程度は視覚上四指とも略同じであり、かつ緩やかなものである。

したがって、仮に引用意匠の四指が殆ど湾曲していないとしても、両意匠の四指部湾曲の差異は、微弱なものである。

そして、審決が詳細に述べた(審決書5頁3行~7頁8行)とおり、両者の四指部の湾曲の差異は、「開く」、「握る」という手の基本的動作の単なる中間態様として共通するのみならず、「力を抜いた状態」(審決書4頁8行)を想起させる範囲の緩やかな弧状どおしの僅かな差異であるから、「造形表現として見ても、・・・曲率の程度(度合)における僅かな差異」(同6頁1~6行)であって、両意匠に共通する構成態様として認定した「4本の指部については、相互開き気味であって前方に湾曲させ、親指部については、側部前面掌寄りから斜め上前方に僅かに内側に湾曲させつつ突出させ」(同6頁16~19行)るという四指部と親指との相互関係の構成態様から形成される視覚的訴求力の強い「要部に埋没してしまう微弱な差異にすぎない」(同7頁5~6行)ものである。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(共通点及び差異点の誤認)について

引用意匠を示す登録第250853号意匠の意匠公報掲載の写真(甲第8号証)及び同意匠の願書添付書面の図面代用写真である掌側及び甲部側からの写真(乙第1号証)によれば、被写体の手袋は掌側からのもの及び甲部側からのもののいずれも、左前方から光源が照射されていると認められるところ、これを前提に照射されたそれぞれの指部分の質感及び陰影の形を詳細に検討すれば、引用意匠は平板な断面のものではなく、少なくとも各指部及び甲部の指の関節部に相当する部分の近傍はふくらみをもっており、四指部は相互開き気味で掌側に僅かに湾曲し、親指部は側部前面掌寄りから掌側に僅かに湾曲していると認められる。

原告は、審決は、引用意匠の四指部の掌側への湾曲の程度について認定していないと主張し、引用意匠の四指部の湾曲の程度を図示し、かつ、そのように図示しうる合理的根拠を示して初めて、本願意匠と引用意匠との間の四指部の湾曲の程度の差異を論ずることが可能になると主張する。

しかしながら、本願意匠と引用意匠は、物品の形状により視覚を通じて美感を起こさせるものと認められるところ、このような意匠の類否を判断するにつき、湾曲の程度を図示しなければ、両意匠の四指部の湾曲の程度の差異を論じえないものではないことは、明らかである。したがって、引用意匠の四指部の湾曲の程度と本願意匠の四指部の湾曲の程度との差を視覚を通じて把握された大小関係として捉え、差異点として認定した審決に誤りはないと認められる。

以上の事実と、本願意匠を示す別添審決書写し別紙第一の図面と引用意匠を示す登録第250853号意匠の意匠公報掲載の写真(甲第8号証)及び同意匠の願書添付書面の図面代用写真である掌側及び甲部側からの写真(乙第1号証)によれば、両意匠に共通する構成態様及び差異点として、審決が摘示するところは正当と認められる。

取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  本願意匠と引用意匠に係る物品が一致することは、当事者間に争いがなく、本願意匠と引用意匠とが、審決認定のとおりの共通する構成態様と差異点を有するものであることは、前示のとおりである。

そして、本願意匠と引用意匠の差異点(2)、(3)に係る四指部の湾曲の差異について、いずれも本願意匠登録出願前に頒布された刊行物である登録第495007号意匠の意匠公報(乙第4号証)、登録第162442号の類似第3号意匠の意匠公報(同第12号証の1)、登録第239980号意匠の意匠公報(同第13号証)、登録第93908号意匠の意匠公報(同第14号証)、登録第373955号の類似第1号意匠の意匠公報(同第16号証)、登録第373955号の類似第2号意匠の意匠公報(同第17号証)、登録第771309号意匠の意匠公報(同第18号証)、同号意匠の類似第1号意匠の意匠公報(同第19号証)、MINE SAFETY APPLIANCES社発行のカタログ(同第27号証)、「PROCESSED PREPAREDFOOD」1979年3月号(同第28号証)、実開昭56-23616号公報(同第29号証)、実開昭58-105418号公報(同第30号証)、特公昭39-13140号公報(同第32号証)、特開昭48-14441号公報(同第33号証)記載の意匠をみれば、手袋の意匠として、引用意匠や本願意匠におけるように四指部が掌側へ湾曲している構成態様は、その湾曲の程度を含め、本願出願前、周知のものであることが明らかである。

すなわち、審決が認定し原告も認めるとおり、「一般的に、人の手首から上の各関節に関し、力を抜いた状態においては、各指は僅かに開き、親指は掌側斜め前方に向い、それぞれの指の関節は僅かに内側に屈曲し、更に手の掌及び甲部は横方向掌側に僅かに湾曲するものである」(審決書4頁7~12行)から、手袋の意匠において、使用時における着脱の容易性や関節部の変形の容易性を考慮して、四指部が掌側へ湾曲している構成態様を採用することは周知の意匠におけると同じく、引用意匠も本願意匠も変わるところはなく、美感を想起させる意匠の創作の内容として格段のものと認めることはできないものといわなければならない。

そうすると、審決が、差異点(2)につき、「単に人の指のそれぞれの関節がもともと有する自明的屈曲又は伸長方向における極く僅かな角度の差異、またはそれを滑らかな曲面によりつなげたことに起因する僅かな曲率の差異にすぎず」(同5頁5~9行)とし、差異点(3)につき、「指の力を抜くことにより甲部が横方向掌側に湾曲する人の手の属性に整合する極く僅かの曲率の差異にすぎない」(同5頁10~12行)とし、「これらの差異点は、引用の意匠の中にその使用の目的、使用の状態との関連における自明的変化(この種意匠創作の前提となる整合させるべき人の手のそれぞれの関節の屈曲、伸長)としてその方向性が内在している角度の僅かな改変又は一般的人の手の形状に近づけた改変に相当する微差にすぎないから、意匠の創作の内容として高く評価することができないものであり、また、造形表現として見ても、引用意匠が前記共通するとした各構成態様により生じさせている造形的動感(ムーブマン、動勢)の方向性、均衡(バランス)を異なったものと認識させるまでに至らない構成比率、角度、曲率の程度(度合)における僅かな差異にすぎないから、視覚的訴求力の弱いものである。」(同5頁13行~6頁7行)と認定したことは、正当と認められる。

(2)  以上の事実を前提とすれば、両意匠の共通する構成態様である、上方先端側から、5本の指部、掌及び甲部、前腕のカバー部からなる袋状のものであって、掌部に対する5本の指部の配置構成及び各指相互間の長さを人の手のそれに整合させ、下端側の前腕のカバー部は手首から肩に向かう部分の長いものではなく、その下端に挿入開口を有し、各指部に関し、四指部については、相互開き気味であって前方に湾曲させ、親指部については、側部前面掌寄りから斜め上前方に僅かに内側に湾曲させつつ突出させ、手首箇所を僅かに括らせ、下方に向け僅かに広げ、全体を滑らかな曲面によりつなげた構成態様が視覚的訴求力が強く、両意匠の全体的な態様において、両意匠が共通しているとの支配的な印象を与えるのに対し、前記差異点は、両意匠の美感をを左右するに足りない微差というほかはない。

したがって、本願意匠が引用意匠に類似するとした審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第9381号

審決

大阪府八尾市若林町3丁目126番地の1A-107号

請求人 レイテック株式会社

大阪府大阪市北区末広町3番21号 星和地所ビル 千葉特許事務所

代理人弁理士 千葉茂雄

昭和60年意匠登録願第23140号「ゴム手袋」拒絶査定に対する審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願の意匠は、昭和60年5月31日の登録出願にかかり、願書および願書添付の図面に記載されな内容によれば、意匠に係る物品を「ゴム手袋」とした別紙第一に示すとおりのものからなる。

これに対して、当審において拒絶の理由として引用した意匠は、昭和40年9月21日、特許庁が発行した意匠登録第250853号公報に掲載された写真版により現された意匠であって、同公報の記載及び登録原簿の内容によれば、その要旨は、意匠に係る物品を「手袋」とした別紙第二に示すものからなる。

そこで、本願の意匠と引用の意匠とを比較してみると、両者は手を被覆し保護する手袋に関するものであるから、意匠に係る物品が共通し、その構成態様に関しては次のような共通点、差異点が存在する。

すなわち、両者は上方先端側から、5本の指部、掌及び甲部、前腕のカバー部からなる外周面を全て曲面で形成した薄手の袋状のものであって、掌部に対する5本の指部の配置構成及び各指部相互間の長さを人の手のそれに整合させ、下端側の前腕のカバー部は下端に挿入開口を有する手首の僅かに下方迄を覆う極めて短いものとし、各指部に関し、親指部を除く4本の指部については、相互開き気味で且つ前方(掌側、引用の意匠においては裏面図側)に湾曲させ、親指部については、側部前面掌寄りから斜め上前方に僅かに内側に湾曲させつつ突出させており、手首の箇所は僅かに括れ、更に下方に向け僅かに広げた構成態様が共通している。

一方、引用の意匠と比較して、本願の意匠は、(1)各指部、掌及び甲部、手首の箇所、その下方前腕のカバー部それぞれを細めとした点、(2)親指部を除く4本の指部に関し、前方に向けての湾曲における屈曲の程度が大きく、各指部相互の開き角度を広げた点、(3)引用の意匠は親指部を除く4本の指の付け根部近傍に関し、略平坦であるのに対して、本願の意匠は横方向前面掌側に湾曲している点に差異が存在する。

ところで、この種物品は手にはめて用いられるものであるから、意匠相互が類似するか否かの判断におけるその創作された意匠の評価にあたっては、どのような状態の手に整合させたか、そして整合させた手の態様に対してどのような改変を行ったかを斟酌する必要がある。なお、一般的に、人の手首から上の各関節に関し、力を抜いた状態においては、各指は僅かに開き、親指は掌側斜め前方に向い、それぞれの指の関節は僅かに内側に屈曲し、更に手の掌及び甲部は横方向掌側に僅かに湾曲するものである。また、小さな凹凸を排し、全体を滑らかな曲面でつなげることは、この種意匠に係る物品の製造時における成形特性、使用時における着脱の容易性及び関節部の変形の容易性等を考慮した、この種意匠の一般的態様である。これらの点を勘案して、前記相違するとした差異点を検討してみると、(1)の差異点に関しては、意匠の実質的内容の変更を伴わない、単なる僅かな構成比率における差異にすぎず(引用の意匠は着脱のより容易さを意図し、各部の横方向の構成比率を一般的な人のそれよりも太めとしたものと推察される)、(2)の差異点に関しては、引用意匠の各指部も掌側に向け僅かに湾曲し、各指部相互は開いているのには変わりはなく、単に人の指のそれぞれの関節がもともと有する自明的屈曲又は伸長方向における極く僅かな角度の差異、またはそれを滑らかな曲面によりつなげたことに起因する僅かな曲率の差異にすぎず、(3)の差異点に関しては、前記のように、指の力を抜くことにより甲部が横方向掌側に湾曲する人の手の属性に整合する極く僅かの曲率の差異ににすぎない。すなわち、これらの差異点は、引用の意匠の中にその使用の目的、使用の状態との関連における自明的変化(この種意匠創作の前提となる整合させるべき人の手のそれぞれの関節の屈曲、伸長)としてその方向性が内在している角度の僅かな改変又は一般的人の手の形状に近づけた改変に相当する微差にすぎないから、意匠の創作の内容として高く評価することができないものであり、また、造形表現として見ても、引用意匠が前記共通するとした各構成態様により生じさせている造形的動感(ムーブマン、動勢)の方向性、均衡(バランス)を異なったものと認識させるまでに至らない構成比率、角度、曲率の程度(度合)における僅かな差異にすぎないから、視覚的訴求力の弱いものである。

そこで、引用の意匠と本願の意匠とを意匠全体として比較観察してみると、前記共通するとした、上方先端側から、5本の指部、掌及び甲部、前腕のカバー部からなる薄手の袋状のものであって、掌部に対する5本の指部の配置構成及び各指相互間の長さを人の手のそれに整合させ、下端側の前腕のカバー部は下端に挿入開口を有する手首の僅かに下方迄を覆う極めて短いものとし、各指部に関し、親指部を除く4本の指部については、相互開き気味であって前方に湾曲させ、親指部については、側部前面掌寄りから斜め上前方に僅かに内側に湾曲させつつ突出させ、手首箇所を僅かに括らせ、下方に向け僅かに広げ、全体を滑らかな曲面によりつなげた構成態様は、本願の意匠の創作の要旨であって又引用の意匠の要旨でもあり、視覚的訴求力が強く、本願の意匠が引用の意匠に類似するか否かを支配的に左右する要部を形成しているから、前記差異点はこの要部に埋没してしまう微弱な差異にすぎない。したがって、本願の意匠は、意匠全体としては引用の意匠に類似するというほかない。

なお、請求人代理人は、引用の意匠は表面図、裏面図により表現された平面的なものであるのに対して、本願の意匠は立体的であり、更に前記差異点に加え、親指部と人差し指部の相互位置関係が異なるから、本願の意匠は引用の意匠に類似しない旨主張する。しかしながら、引用意匠を現わした写真(版)の内容によれば、各指部の外周面は円形若しくはそれに近似し、親指部は掌側斜め前方に突出し、他の4本の指部も僅かに掌側に向け湾曲しているのは明らかである。更に、引用の意匠の表面図、裏面図共に前腕のカバー部から掌部及び甲部にかけて両側端部近傍が盛り上り、内側に向け凹んだ態様で現われているのは、この種意匠に係る物品の一般的属性により柔軟材質からなる薄手のものであり、そのままでは本来の形状(両意匠の場合においては、成形状態の形状)を維持することが困難であって、例えば水平に載置したことにより、一時的に潰れているものであり、手の挿入開口に関しては、本願の意匠と同様に円形にもなるものと解さなければならない。なお、付言するに、本願の意匠に関しても、その材質により、また、使用の目的が達成されなければならないから、変形しうるものと解すべきものである。したがって、引用の意匠も、その表面の質感表現により樹脂製品であることから布製のものと異なり、いわゆる立体的な意匠であることは明白であり(なお、その内容をより的確に表現するためには、意匠法施行規則に規定する立体を表す一組の図面、すなわち六面図により表現される方が望ましかったことは否定し得ない)、引用の写真(版)の内容を合理的に解釈せず、表現形式にのみ基づき、引用の意匠が平面的である旨主張された内容は、到底採用することができない。また、親指と人差し指の相対的位置関係に関しては、本願の意匠の平面図から認識し得る各指相互の位置関係の基準となる掌部の面に対する親指部の平面視における傾斜角度は、直角よりも僅かに開いている程度であり、引用意匠と近似しているものと認められ、本願意匠における正面図の向きの設定と引用意匠における裏面図の撮影時における向きの設定との僅かな角度のずれにより生じた、意匠そのものに基づかない単なる表現の態様に起因する差異にすぎないから、同様に、請求人代理人の主張は採用することができない。

以上のとおりであって、本願の意匠は引用の意匠に類似し、その引用の意匠の記載された刊行物はその登録出願前に頒布されたものであり、本願の意匠は、意匠法第3条第1項第3号に該当するから、同法第3条第1項の規定により意匠登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年8月27日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

別紙第一 本願の意匠

意匠に係る物品 ゴム手袋

説明 左右対称のものの一対のうち左方のみを表した

〈省略〉

別紙第二 引用の意匠

意匠に係る物品 手袋

〈省略〉

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